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東京高等裁判所 昭和50年(ラ)590号 決定

抗告人 保坂展人

右代理人弁護士 中平健吉

同 河野敬

同 宮本康昭

同 中川明

同 仙谷由人

同 秋田瑞枝

相手方 東京都

右代表者知事 美濃部亮吉

相手方 千代田区

右代表者区長 遠山景光

主文

本件抗告を棄却する。

理由

抗告人は「原決定を取消す。別紙所持者目録記載の各所持者は別紙文書目録記載の各文書を提出せよ。」との裁判を求め、その理由として別紙「抗告理由書」記載のとおり述べた。

(当裁判所の判断)

一  一件記録によれば別紙所持者目録記載の各高等学校々長(以下、本件各高等学校々長という)が、いずれも別紙文書目録記載の各文書(以下、本件各文書という)の所持者であるか否か、並びに抗告人に本件各文書の提出を求める法律上の利益があるか否かについては、検討の余地がない訳ではないが、その点はさておき、当裁判所は、一応、本件各高等学校々長が本件各文書の所持者であり、また抗告人に本件各文書の提出を求める法律上の利益があるとしても、果して本件各文書が民事訴訟法第三一二条第三号後段にいわゆる「挙証者(本件の場合、抗告人がこれに該当することはいうまでもない)ト文書ノ所持者トノ間ノ法律関係ニ付作成セラレタル」文書であるか否かについて、まず考察する。

二  民事訴訟法が弁論主義を基調とし、証拠方法の提出については随時提出主義をとって、当事者に証拠を提出する自由と提出しない自由とを原則として承認し、文書の提出義務については証人の証人義務のように広く文書の所持者一般に対してかかる義務を課することなく、第三一二条各号所定の場合にのみ文書の所持者がその提出を拒むことを得ないとしているのは、一方において証拠資料の獲得という訴訟上の必要と他方において文書所持者の利益の保護という相反する利益の調和を計る趣旨に出たものであるから、係争文書が同条所定の要件に該当する以上、その内容が証言拒絶事由にわたるとか、挙証者側にその提出を求める法律上の利益が認められない等特段の事情がない限り、文書の所持者はその提出を免れないが、その反面、同条の規定する文書提出の原因はこれを厳正に解釈すべきものである。従って、本件で問題となる同条第三号後段についても、同条項は文書のうち特に係争法律関係について証明力(証拠価値)を有するものに限り、挙証者に利用の便を図らんとする趣旨に出た規定であるから、ここにいわゆる「挙証者ト文書ノ所持者トノ間ノ法律関係ニ付作成セラレタル」文書とは、本来、挙証者と文書の所持者との間に成立せる法律関係それ自体を記載した文書を指称し、なおその外に、これに準ずるものとして法律関係発生の経緯に関する文書中重要なものをも包含するとしても、専ら所持者の自己固有の使用又は参考のために作成された内部的文書のごときは同条項に含まれないものといわなければならない。

いま、これを本件についてみるに、一件記録によれば、本件文書提出命令の対象である本件各文書は、抗告人が昭和四六年度に施行された本件各高等学校の各入学者選抜試験を受験する際、当時抗告人の在籍していた千代田区立麹町中学校々長野沢登美男が学校教育法施行規則第五四条の三に基き、抗告人につき作成し、本件各高等学校々長あてに送付した各調査書(いわゆる内申書)であること、及び東京都立高等学校の入学者選抜については、東京都教育委員会は学校教育法第四九条、同法施行規則第五九条、東京都公立学校の管理運営に関する規則第二〇条に基き、毎年度、都立高等学校等入学者選抜実施要綱を定めているが、昭和四六年度の右要綱によれば、調査書の記載事項として(一)学籍の記録、(二)学習の記録、(三)行動及び性格の記録、(四)健康の記録、(五)出欠の記録、(六)特記事項の六項目があり、これらの各事項は学校教育法施行規則第一二条の三第一項に基き作成された昭和三七年一月二九日改訂にかかる東京都公立中学校生徒指導要録の記入要領により記載することになっていて、本件各文書中三の調査書は以上の要綱所定の方法により作成されたものであること、並びに中学校長が私立高等学校長に送付する調査書については、その記載事項は右(一)ないし(六)と同様であるが、そのうち学習の記録欄の評定についての評価方法及び記入方法は中学校長の裁量に委ねられておらず、右以外の記録欄については中学校長の自由裁量であるが、概ね都立高校についての前記実施要綱に準拠して記入しているものが多く、麹町中学校の場合も同様であって、本件各文書中三以外の調査書はすべて以上の方法により作成されたものであることが認められる。

ところで、高等学校の入学は、学校教育法施行規則第五四条の三により送付された調査書その他必要な書類、選抜のための学力検査の成績等を資料として行う入学者の選抜に基いて、高等学校の校長がこれを許可することになっているが(同規則第五九条)、東京都立高等学校については前記入学者選抜実施要綱により右選抜の際、調査書が十分尊重されるよう配慮されなければならないから、調査書は学力検査の成績等と共に高等学校の入学(法律関係の発生原因)の許否を判定するための重要な資料であること(特に都立高等学校の場合)は否定し得ないところである。しかし、高等学校の入学の許否は、前記のような選抜に基くとはいえ、結局高等学校の校長がこれを判定して、その結果だけを外部的に公表するものであるから、調査書は、畢竟、学力検査の成績等と共に、右校長の判定を内部的に形成する際、斟酌すべき資料であるにすぎず、殊に調査書中、学籍の記録、学習の記録、健康の記録、出欠の記録以外の事項の記載については、前記指導要録の記入要領により或る程度統一された評定基準に基き記載されているとしても、事柄の性質上、なお作成者の主観に左右されることを免れ難いものであるから、右事項の記載が入学許否の判定にもたらす影響力の如何は多分に高等学校長の評価にかかっており、従って調査書中これらの事項の記載は、明らかに高等学校長が入学の許否を判定する際斟酌し得る参考資料たるにとどまるものというべきである。

してみれば、本件各文書は、専ら、所持者である本件各高等学校々長が入学の許否を判定する際参考とするために作成された内部的文書であると解するのが相当である。もっとも、調査書は中学校長が学校教育法施行規則第五四条の三により、進学を希望する生徒につき作成し、高等学校長に送付することを義務づけられた資料であるから、高等学校長に対する単なる任意的な参考資料でないことはいうまでもない。しかし、調査書の作成及び送付が中学校長の義務とされるのは、高等学校長の入学許否の判定を慎重且つ適正になさしめるための内部的な規制として、中学校長の協力を求める必要があることによるものであるから、調査書の作成、送付等が義務づけられていること、又は調査書が高等学校長自らではなく中学校長といういわば第三者の作成した文書であることだけをとらえて、直ちに調査書の性格が前述の意味の内部的文書でないということはできない。

しからば、本件各文書は、高等学校の入学という法律関係発生の経緯に関する文書中重要なものであるとしても、結局民事訴訟法三一二条第三号後段にいわゆる「挙証者ト文書ノ所持者トノ間ノ法律関係ニ付作成セラレタル」文書には該当しないものといわなければならない。

三  よって、以上と理由は異なるが、抗告人の本件文書提出命令の申立を却下した原決定は結論において正当であって、本件抗告は理由がないから、これを棄却することとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 渡部吉隆 裁判官 古川純一 岩佐善巳)

〈以下省略〉

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